関西ウォータークラブ 50周年記念誌
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73 水道事業がなぜ公営である必要性を考えますと、まず第一は公共財の供給という考え方があります。 公共財というのは、無料で使用する人を排除するのが難しいという「非排除性」と、他の人が使ってもその財そのもの自体が減らない「非競合性」という性質を持ったものです。 例えば一つのハンバーガーだったら、一人が食べてしまうと、無くなってしまいますから他の人が食べることができません。 ところが、道路をみると、一人が歩いてても、他の人が歩いていても、道路を使用することができなくなるわけではありません。放送もそうです。一人で見てても二人で見てても全然変わらず、減らない。このような性質を「非競合性」といいます。また、一般の道路を歩いている人から料金を徴収することは、物理的に難しい状況がありますが、これを「非排除性」と言います。 道路や放送などはこのような性質を持つため、公共財と見なされていますが、水道事業はどうなのでしょうか? タダで水を飲もうとすると、水道を止めることが可能ですから、「非排除性」という性質はありません。一人の人が水を飲むと他の人の水を飲む量は減ってしまいますから、「非競合性」という性質もありません。 水道事業は純粋な公共財という形にはなっていないのです。ただ、水道水源まで含めて考えると、公共財の性格を満たすこともあるかと思います。 それからもうひとつ、自然独占性という考え方があります。 平たく言うと、規模が大きいほどコストは安くなる、ということです。 コスト面を考えると、自由な競争なら、規模が大きいところだけが市場に残ってしまいます。自然にまかせておくと市場が独占状態になってしまうことから自然独占性と呼ばれています。 自然独占の状態を、民間企業が享受すると、独占の弊害が発生するわけです。公益事業のおける理論●公的供給の根拠根 拠公共財自然独占性社会的利益の追求企業性が無いサービスの供給シビルミニマム説 明公共財の場合には、ただで使用する人を排除することは難しく(非排除性)、そのサービスを他の人が使用しても減らない(非競合性)ため、自発的供給では過小供給になる。自然独占性の性質がある場合には、規模の経済性があることから自由な競争では一社に収れんする。そのために規制が必要であるが、最適な水準で供給すると赤字が発生する。政府は社会的利益を追求する必要がある。それに対して企業は利潤を追求する。一般に、「社会的利益≠企業の利潤」であるから、政府の供給が必要。企業性が無いサービスも政府が供給する必要がある。最低源のサービスは政府が保証する必要がある。一般放送や一般道路は、その性質を満たすが、水は「公共財」の性質を満たすものではない。自然独占性があっても、「民間供給(平均費用価格)+規制」という方式も可能である。公的セクターは本当に社会的利益を追求しているのかの批判がある。水は企業性が無い財ではない。必ずしも公営企業が直接供給する必要はない。批判点

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